名門高校の校風と人脈：川越高校（埼玉県立・川越市） （週刊エコノミスト）

（週刊エコノミスト2015/09/15 より）

◆川越高校（埼玉県立・川越市） 　◇「ウォーターボーイズ」の舞台 　埼玉県南西部に位置する人口３５万人の川越市。江戸時代には川越藩八万石が領する城下町だった。蔵造りの町並みが残り、「小江戸」という別名で親しまれている。 　川越高校の前身は、１８９９（明治３２）年に設立された県第三尋常中学校だ。すぐに川越中学校と改称され、戦後の学制改革で県立川越高校となった。 　戦前に全国にあった公立中学校と公立高等女学校は、新制高校になったのを機にほとんどの都道府県で男女共学になった。ＧＨＱ（連合国軍総司令部）の指導に従ったのである。 　しかし埼玉県の伝統校は、共学にしなかった。それは現在でも続いている。川越高校は男子高、川越高女を前身とする川越女子高校は女子高だ。さいたま市にある浦和高校と浦和第一女子高校も今もって別学である。群馬県、栃木県の伝統高校も埼玉県と同様に、別学を続けている。 　初代校長の増野悦興が、自主自立の青年教育を建学の精神とした。これは、現在も学業はもちろん部活動、学校行事などに脈々と引き継がれている。 　今年春の大学入試では、東京大６人、京都大１人、東京工業大９人、一橋大６人の合格者を出している。伝統的に東北大への進学者が多く、今年は１７人が合格している。国公立大への合格者は計１５５人だった。私学には延べ人数で、早稲田大１１０人、慶応大３５人が合格している。 　部活動には、全員が加入することになっている。今年の夏、文化部では物理部がロボカップ世界大会へ、美術部、新聞部、囲碁将棋部が全国大会へ、運動部では弓道部が全国大会に出場した。 　毎年９月に行われる文化祭は「くすのき祭」という。一年のうち、くすのき祭でしか披露されない水泳部のシンクロナイズドスイミングは、映画、ドラマ「ウォーターボーイズ」のモデルになった。映画は２００１年に公開され、その影響で０２年は３万人を超える入場者が訪れたという。 　◇「浅見光彦シリーズ」 　卒業生で、もっとも顔が売れているのはニュースキャスター、ジャーナリストの辛坊治郎であろう。準キー局の読売テレビ（大阪市）のアナウンサーだったため関西人に思われがちだが、物心ついてから埼玉県の育ちだ。 （略） 　小説家の奥泉光は、１９９４年に『石の来歴』で芥川賞を受賞した。１２年からは、芥川賞選考委員を務めている。 　推理小説作家の内田康夫は、「浅見光彦シリーズ」がテレビドラマによく登場する。作家、ルポライターの本橋信宏、ノンフィクション作家の神山典士もいる。 　前身時代の卒業生では、篆（てん）刻家（こくか）・書家の小林斗〓（とあん）が０４年、篆刻家として初めて文化勲章を受章した。 　学者では、宇宙物理学者でニュートリノ研究で国際的に知られる梶田隆章、地球電磁気学の加藤進、流体力学の神部勉、脳神経外科が専門で国立循環器病研究センター理事長の橋本信夫、分子生物学が専門で東京慈恵会医科大学長の松藤千弥、ナノ・マイクロ科学の和田雄二らがＯＢだ。 　詩人の宮沢賢治（岩手県立盛岡中学・現盛岡第一高校卒）の主治医をした佐藤隆房もＯＢだ。佐藤は栃木県立大田原中学（現大田原高校）から川越中学に編入してきた。外科医となり、岩手県花巻市で病院長に就いたことから賢治と親密になった。 　大企業のトップでは、戦後に再建された三菱商事で３代目の社長に就き、「商事中興の祖」といわれる藤野忠次郎がいた。明治安田生命保険の現社長、根岸秋男もいる。 　川越市や埼玉県の発展に情熱を燃やした卒業生もいた。終戦直後から１８年９カ月、川越市長を務めた伊藤泰吉、埼玉銀行頭取の山崎嘉七らである。埼玉銀行は合併を繰り返し現在は埼玉りそな銀行として、りそなＨＤの傘下に入っているが、協和銀行と合併した際のあさひ銀行時代にはＯＢの吉野重彦と田中正が頭取を務めた。 　笹森清は労働組合の最大組織である連合の第４代会長だ。 　弁護士の荒井裕樹は、特許権訴訟で名をはせた。１４年に青色ＬＥＤの開発でノーベル物理学賞を受賞した中村修二（愛媛県立大洲高校卒）は、元勤務先に「発明の対価」を求めて訴訟を起こし、荒井はその原告側弁護団の一員として１審で２００億円を勝ち取った。 　市民運動家の吉川勇一は、６０年代半ばから１０年間、「ベトナムに平和を！市民連合」（べ平連）事務局長を務めた。１５年５月に死去した。 　スポーツでは、３６年のベルリン五輪の陸上１００メートルに出場した鈴木聞多がいた。